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福岡高等裁判所 昭和62年(ネ)144号 判決 1987年11月25日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)は、もと小田惣次郎の所有であったが、同人は、昭和三五年一一月一〇日、入江佐一との間において、本件土地につき売買の予約をし、翌一一日福岡法務局大牟田出張所受付第六四一五号をもって同人のための所有権移転請求権保全仮登記を経由した。

2  ところで、小田惣次郎は昭和四一年一〇月二五日死亡し、小田繁雄が本件土地の所有権を相続により取得したが、同人も昭和五八年一月一〇日死亡したため、小田民子、小田和代、小田幸二、小田繁智、小田京子、小田秀幸(以下、小田民子らという。)が本件土地の所有権を相続により取得し、他方、入江佐一も昭和五〇年七月二八日死亡したため、控訴人らが同人の権利義務を相続により承継するに至っている。

3  被控訴人は、昭和五五年六月二六日、株式会社住全に対し、四七五〇万円を利息年九・五パーセント、損害金年一八・二五パーセントの約で貸し付けたが、右貸金債権を担保するため、同日、小田繁雄との間において、本件土地につき、別紙抵当権目録記載の抵当権設定契約を締結し、昭和六一年四月一七日福岡法務局大牟田出張所受付第四四六四号をもってその旨の抵当権設定登記を経由した。

4  ところで、入江佐一及びその承継人である控訴人らは、本件土地の売買予約締結後現在に至るまで予約完結権の行使をしないので、右予約完結権は、予約成立の日である昭和三五年一一月一〇日から一〇年の経過をもって時効により消滅した。

5  そこで、被控訴人は、本訴において、本件抵当権者として、本件売買予約完結権の消滅時効を援用する。

仮に、被控訴人において、直接消滅時効を援用できないとすれば、被控訴人は、債権者代位権に基づき、小田民子らに代位して右消滅時効を援用する。

すなわち、本件抵当権の設定者である小田繁雄は、被控訴人に対し、本件土地の担保価値を確保し、もって本件抵当権を保全すべき義務を負うものであり、右義務は相続によって小田民子らに承継されたにもかかわらず、小田民子らは、本件売買予約完結権の消滅時効を援用して、本件抵当権を保全しようとしないから、被控訴人は、本件抵当権の保全を求めうる債権者として、債務者である小田民子らに代位して、右予約完結権の消滅時効を援用することができるという

べきである。

6  よって、被控訴人は控訴人らに対し、本件所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実は知らない。

3  同4の事実は争う。

4  同5は争う。

消滅時効を援用できる者は、権利の時効消滅によって直接利益を受ける者及びその承継人に限られるところ、本件土地の抵当権者である被控訴人は、本件売買予約完結権の時効消滅によって直接利益を受ける者ではないから、自ら右消滅時効を援用することはできない。

また、被控訴人は、本件抵当権を保全するため、債権者代位権に基づき、小田民子らに代位して、右消滅時効を援用すると主張するが、権利を行使するか否かが専ら債務者の意思に委ねられている権利については、債権者の代位行使は認められないと解すべきところ、消滅時効の援用は、専ら援用権者の意思に委ねられているものであることからすれば、被控訴人が、小田民子らの有する本件売買予約完結権の消滅時効の援用権を代位行使することは許されない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、二号証によれば、請求原因3の事実を認めることができる。

右事実によれば、控訴人らの有する本件売買予約完結権は、売買予約成立の日である昭和三五年一一月一〇日から一〇年の経過をもって時効により消滅しているというべきである。

二  そこで、被控訴人の右予約完結権の消滅時効の援用について検討する。

1  被控訴人は、まず本件抵当権者として自ら右予約完結権の消滅時効を援用すると主張するので、考究するに、民法一四五条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されると解するを相当とする(最高裁昭和四二年一〇月二七日判決民集二一巻八号二一一〇頁、同昭和四三年九月二六日判決民集二二巻九号二〇〇二頁、同四八年一二月一四日判決民集二七巻一二号一五八五頁、同六〇年一一月二六日判決民集三九巻七号一七〇一頁)ところ、売買予約に基づく所有権移転請求権保全仮登記の経由されている不動産につき抵当権の設定を受けたにすぎない抵当権者は、当該予約完結権の時効消滅によって直接利益を受ける者には当たらないと解するのが相当である(大審院昭和九年五月二日判決民集一三巻九号六七〇頁参照)。

してみれば、本件土地の抵当権者にすぎない被控訴人が、自ら本件売買予約完結権の消滅時効を援用することは許されないといわざるを得ず、右主張は理由がない。

2  そこで、次に被控訴人の債権者代位権に基づく本件売買予約完結権の消滅時効援用の主張について考えるに、被控訴人主張のように、抵当権設定契約の内容として、抵当権設定者が抵当権者に対し、抵当不動産の担保価値を確保し、もって当該抵当権を保全すべき義務を負い、したがって抵当権者が抵当権設定者に対し、抵当不動産の担保価値を確保し、もって当該抵当権を保全すべきことを請求し得る債権を有すると解することができるとしても、抵当権の本質(抵当権は、目的不動産を抵当権設定者の占有に委ねながら、他の債権者にさきだって自己の債権の弁済を受けることを目的とする価値権にすぎない。)に鑑みると、このような権利は、抵当権設定者が抵当不動産を毀損する等してその担保価値を減少する行為に出た場合に始めて行使することができるのであって、本件のごとく抵当権設定者が単に売買予約完結権の消滅時効を援用しないというのみではいまだ抵当不動産の担保価値を減少させる行為ということはできないから、抵当権者は、直ちに債権者代位権を行使し得るとは解し難い。

してみれば、被控訴人は、本件抵当権を保全するため、小田民子らに代位して本件売買予約完結権の消滅時効を援用することはできないというべきである。

三  以上によれば、被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却されるべきであるところ、原判決は、右と結論を異にし相当でないので、これを取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙物件目録及び抵当権目録は第一審判決と同一につき省略)

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